映画俳優たちの座談会(1936年)

2016.04.23

 昭和11年当時、主な撮影所、プロダクションの人気俳優を集めて行われた座談会。
 ギャラの使い道から、追っかけファンの困った話、相手役の女優について、女性の好みまで……皆さんけっこう赤裸裸に語っていて、面白い。
 私が好きな上原謙は発言が少なくて残念、このメンバーの中では一番デビューが遅い新人ですから、そうそうたる先輩たちに囲まれて緊張していたのかもしれません。年は坂東好太郎や夏川大二郎よりも上だし、林長二郎とも一つしか違わないのですけどね。大学を卒業してから映画界に入るのは、相当珍しかったようです。とはいえ既に「人気男優」の仲間入りしているのがすごい。入社してすぐに主演俳優になっていて、今でいうと完全にゴリ押しですね。
 私が気になったのは、共演女優の名前が次々にあがる中、当時大、大、大女優だったはずの入江たか子が誰の口からも一切出て来ないこと。彼女の自伝を読んでも思うのですが、こういう場所で気軽に名前を出せないような、やはり相当面倒くさい人だったんじゃないかなぁと推測します。


戦前の雑誌から
珍話秘話総まくり 映画界人気男優総出の大座談会
婦人倶楽部 1936年(昭和11年)1月号
講談社 定価75銭

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出席者(写真上、右から)
【右太プロ】市川右太衛門(1907-1999)………1925映画デビュー。歌舞伎出身。時代劇六大スターの一人。次男は北大路欣也。
【千恵蔵プロ】片岡千恵蔵(1903-1983)………1927映画デビュー。歌舞伎出身。時代劇六大スターの一人。三男は現JAL社長の植木義晴。
【日活・東京】岡譲二(1902-1970)………1929デビュー。座談会当時は澤蘭子と内縁関係。
【松竹・大船】上原謙(1909-1991)………1935デビュー。長男は加山雄三。
【高田プロ】高田稔(1899-1977)………1924デビュー。浅草オペラ時代の石井漠門下。
【松竹・下加茂】坂東好太郎(1911-1981)………1931映画デビュー。歌舞伎役者。妻は女優飯塚敏子、子に二代目坂東吉彌、坂東弥十郎。
【日活・太秦】大河内傳次郎(1898-1962)………1925映画デビュー。時代劇六大スターの一人。1928年に伏見直江との恋愛問題が噂に。
【日活・東京】小杉勇(1904-1983)………1925デビュー。後年映画監督。息子は作曲家の小杉太一郎。
【新興・太秦】杉山昌三九(1906-1992)………1927デビュー。
【日活・太秦】尾上菊太郎(1907-1985)………1932映画デビュー。日本舞踊家、扇梅芳。元・扇流家元。
【東京発声】藤井貢(1909-1979)………1932デビュー。元ラグビー選手。
【日活・東京】杉狂児(1903-1975)………1923映画デビュー。松旭斎天勝一座出身。映画界におけるコメディアンの先駆け。
【松竹・下加茂】林長二郎(1908-1984)………1927映画デビュー。歌舞伎出身。時代劇六大スターの一人。後の長谷川一夫。座談会当時は東宝への移籍および傷害事件の前年。
【日活・東京】中田弘二(生年没年不明)………映画出演は1933〜1943年まで。
【第一映画】夏川大二郎(1913-1987)………1933デビュー。姉は女優の夏川静江。
【東京発声】大日方傳(1907-1987)………1930デビュー。実家は福岡小倉の名家。後年ブラジルで牧場、農園を経営。
【松竹・下加茂】高田浩吉(1911-1998)………1926デビュー。歌う映画スターの先駆け。

記者 皆様にはお忙しい際にもかかわらず、貴重な時間をお繰合せ下さいまして、特に小誌のため御出席頂きましたことを、まず以て厚く御礼申上げます。どうぞ十分お打寛ぎ下さいまして、時間の許す限り、何かと面白いお話をどっさり頂きたいと存じます。どうぞよろしく−。

僕等の趣味と道楽は?

記者 まず皆さんの趣味というか道楽というか−その辺からポツポツ始めて頂きましょうか。
 僕は人間が堅い方だから、その方の話は好太郎さんあたりから……。(笑声)
坂東 いや、どうぞ、そちらから……。(笑声)
 競馬は一時有名になるほどやったんだけれども、それでは仕事の方が留守になるのでこの頃やらないんです。第一軍用金が続かないですよ。
小杉 競馬は最近撮影所の中へも随分入りこんで来ましたね。
中田 それは星(ひかる)君に刺激されたからじゃないですか。
記者 林さん、月給は主に何に使います?
 大部分大阪の店(果物)へ注ぎ込みます。
記者 果物についての所感を一つ……。
 一般にまだ果物についてよく知らない人が多いのじゃないかと思います。で、もっと果物を食べて筋肉をよくしたらいいじゃないか−という様な考えから、あれは商売気を離れて趣味でやっているんです。この間花柳(章太郎)先生などに、役者が副業をやるのはどうか?といわれましたが、林長二郎でなく本名の長谷川でやっていて、一ヶ月に一遍位しか行かないんですから……。
記者 店は誰かに委せきりなんですか。
 絶対信頼している人に任せて……。
大日方 僕の道楽は相場と自動車と園芸です。
小杉 撞球(たま)はどうだ?
大日方 この頃やらない。アッというような道楽は案外ないね。
記者 女道楽という方はどうです?(笑声)
 さあ、その方は……。
記者 不得手なんですか?
 まあ、そういう訳でもないですが、それは好太郎さんに譲って……。
坂東 また僕か、とんでもない、こりゃどうも助からんな。
市川 (この時出席)皆さんどうも遅れまして−鞍馬の山奥へ静養に行っていましてね。実に寒い、今日はもう雪が降っていました。
 そうですか、道理で鞍馬口に書いてあった。『鞍馬ゆき』とね。(笑声)
記者 早速ですが、あなたのお道楽は?
市川 まあ、この節食い気と撞球(たま)ですよ。それ以外あまり意味深のものないですね。
記者 いま、女道楽という話が出ています。
市川 いや、その話は僕苦手ですよ。以前はね、少々……。(笑声)
 やはり先輩だけのことありますよ。いろいろな方面に於て−。
市川 おかしなことは云わないで下さいよ。
 まだ肩上げのある時分から……推して知るべし。(笑声)
市川 僕はどうも誘惑される方で−。
 九つ、十、その時分から誘惑されたものですからね。(笑声)
市川 その時分から私は仕込まれました。もっとおとなしかったんだけれども−。
 その方は、この人(小杉氏)大家です。
小杉 (杉氏をちょっと睨んで)これこれ、僕は趣味も道楽もない男でしてね。まあ、強いていえば釣だね。
 釣も×釣だろう。(笑声)
中田 僕は競馬は今やっと入門という所で、まあ僕も釣でしょうね。その釣は魚ですよ。(笑声)
 けれども、まだ君が釣に行ったのを見たことがない。餌つけないで釣るんだからな。(笑声)
小杉 網を張るんだろう。(笑声)
大日方 家で釣っているんじゃないかな。(笑声)
 あまり素っぱ抜きは止そうな、後が怖いから……中田君の道楽といえば人の世話をすることも確かに一つだな。放って置けばよさそうなのをよく世話してやるですよ。
中田 つまらぬと思いながらついやるんだ。
高田(浩) 僕の道楽といえば、今のところ音楽ですね。
 じゃお金は貯る一方ですか……。
高田(浩) いや、とんでもない。お金はいつの間にか自然になくなってしまいます。何処に行くんだろうな。
大河内 私は元来賑やかなことが嫌いでして、たった一人で居て読書したり、庭いじりしたり、骨董物を見て楽しんだり、又京の名山と対座して一日中無言で楽しんだり、時には子供等と半日位玩具遊びをしたり、そうしたことが好きです。
坂東 僕は遊ぶのは本当は好きだが、この頃は余り遊びません。僕の趣味はやはりスポーツですな。
記者 三味線は?
坂東 この頃はちっとも弾かないんです。
高田(稔) 僕はなんでも趣味として取り入れ得る性質ですね。
片岡 僕の道楽−さあ何もないね。麻雀は止めましたし、野球、碁、将棋、そういった勝負事は好きです。麻雀なんか好きで、命まで賭けそうになったから止めちゃったです。(笑声)
 そこへ行くと僕は無趣味の方だな。
中田 貯金一点張か?
 貯金魔だ。(笑声)強いて云えば絵の悪戯描き位のものだな。
小杉 僕も二科で洋画をやっているが、どうも駄目だ、展覧会へも出さないし……。
中田 岡君は絵だろう。
 僕は絵が第一、それから自動車、それからドライブ−。
 ゴルフがある……。
 ああ、それも趣味の一つだね。
 空振り趣味というところだね。(笑声)
 いかんね君、そうケチをつけては……。
 それから、趣味を通り越して、玄人跣足の藤井さんの浪花節−
記者 あれは撮影所名物というより全国的ですからね。一つ聞こうじゃありませんか。
藤井 やってもいいですが、節はどうも速記じゃあね……。(笑声)
記者 夏川さんは月給をどう使いますか?
夏川 全部一応家へ送って、家から改めて小遣を貰うんです。学校に行っている時と同じことです。
大日方 殊勝なもんですね。−僕の小遣は主に本ですね。小説は読まない、歴史ばかり、『何々回想録』とか『世界大戦史』とか……。園芸の方は今薔薇を少し作っています。
中田 僕は今俳画と俳書をやっているんですよ。非常に面白いが、中々むずかしい。
小杉 恐ろしく古典的だね。長生きしないな、もう……。(笑声)
記者 杉さんは、ラブレターを集める趣味という評判ですが。
 デマですよ、第一僕にはラブレターなんか来ないですよ。
中田 来ますよ。直接でなく友達の所へ……。全然知らない人から僕宛に来た。開けて見ると一行位が僕で、あとは杉さんに渡して下さいと書いてある。(笑声)
 おいおい、嘘をいうなよ。(笑声)
大日方 藤井さんの道楽に金山がある。
小杉 金山?これは驚いたな。
藤井 いや、嘗ては銅御殿を作ろうと思ったんだよ。それを今売ろうと思っている。月給でも何でも随分注ぎ込んだものだ。
記者 その金山は何処にあるんです。
藤井 福島県と栃木県の境です。
大日方 儲かったら十八人囲うそうだ。(笑声)
記者 上原さんは何か儲かる趣味でも……。
上原 何もないんですよ。だからお金を遣うことがありません。
 ははあ、この人も貯金魔の方だな。(笑声)
杉山 僕は月給を貰うと全部利子の方に廻しています。
記者 貯金して利回りの方に……。
杉山 いえ、貯金でなく、借金の利子に。(笑声)趣味は音楽を少し−。これから先輩に導いて貰って何かやろうというところです。
尾上 どういたしまして、そちらが先輩ですよ。(笑声)うちらは別に遊びはしないですけれども、取る金はただ借金に返るんです。

ファンの話、変った弟子入りの話

記者 面白いファンの話、或は変った弟子入りの話はありませんか?
高田(浩) 僕の半生記講談倶楽部に出たでしょう、あれからとても俳優志願者の手紙が多いんですよ。僕の身の上もあなたと同じだ、どうか弟子にしてくれというのが……。中にはどこそこから出て来たが帰る旅費がないからくれろというのもありました。
 僕のところへこの間、声楽家になりたいから、是非一遍声を聞いてくれといって来たんです。僕聞いたって分からないから、留守だ留守だといって断った。
中田 女の人が?
 ならいいが、洗濯屋の小僧さんだ。(笑声)
小杉 だから断ったんだろう。(笑声)
 変なこと云うなよ。そういう訳じゃないんだよ。
高田(稔) 先だって、トーキー俳優を養成したいという広告を出したところが、毎日毎日家の方へ押かけて来るわ来るわ。とても忙しくて会えないというと、この美声を聞けよがしに大きな声を張り上げて歌って行くのが増えて来てやかましくてやり切れない日がありましたよ。(笑声)
 弟子入り希望者で、二日でも三日でも門のところへ頑張って帰らないのがある。あまり気の毒だから家へ電報打って連れに来てもらうのがありますよ。
市川 女の人で遠方から来るのがありますね。会社としては両親の承諾がなければ絶対にいけない規則になっているから、お帰りなさいといっても、どうしても帰らないで、その辺の宿屋に泊っている間に、いつしか女優さん達と心安くなって、もう帰った筈だと思う頃ひょっこり会社へやって来る。撮影所の雰囲気を味わいに来たのか、弟子入りに来たのか訳のわからないのがある。
記者 余計な心配ですが−その間の生活費はどうするんでしょう。
市川 多少持っているんでしょうが、なくなれば何とかするんでしょう。そのうちに男優と結婚話が持上るなんてのがあります。(笑声)
 仲よくなり過ぎた結果でしょう。
市川 そのうちに故郷から母親なり親戚なりが来て『女優はどうした。』というと、『結婚の方を先にして、それから女優の方です。』というのがある。(笑声)
 撮影所にもう一枚看板をかけるか、『結婚媒介所』とね。(笑声) そんなのキット続きませんね。
上原 僕のアパートへ岐阜から訪ねて来た女があります。その時僕はいなかったが、暫らくして『蒲田の何とか旅館へ直ぐ来てくれ。』というんです。僕行かなかったのですが……。
藤井 それは薄情だね。(笑声)
小杉 僕が京都にいた時、秋田から歩いて来たのがあったな。
 これ以上歩けない、もう、あきたといったろう(笑声)
記者 ハハハハ、際どい所で洒落ですね、全く中には随分熱烈なのがありましょうね。
 好太郎さんの写真を丸めてぐっと呑んだらトタンに腹痛が治ったというのがあるんですよ。(笑声)
坂東 なーんだ、あれは作り話ですよ。
 これが嘘なら大変だ。(笑声)
尾上 実際です。それは有名な話ですよ。
 呑んだ人の名を云うのは止しましょう。それはもう二三年前の話です。
市川 もう分ったから、それ以上云わない方がいいでしょう。(笑声)
坂東 この間三晩も徹夜してくたくたになっていると巡査が、『君、女を殺したな。』というんです。びっくりして聞いて見ると僕に手紙をよこした四国の女が、返事をやらなかったので悲観して毒薬自殺したというんです。気味が悪かったですね。
中田 僕が東京へ越して来てから頻繁に手紙をよこす人がある。初めは書体からいって女ではないかと思っていたら今年十八になる少年です。それがこの夏頃まで写真を十枚程送って来たがその写真を見ると非常に可愛い素直な子らしい。そのうちに兄貴に連れられて上京して家へ来たんです。僕の家には姉と僕がいるのですが、僕が独身ではないと思ったらしい。玄関へ立ったまま上らない、そして兄貴を呼び出して帰ろうと云うんです。上ったらどうだというと女がいるから嫌だという。そのうちに僕の姉であることが分ったのか、やっと安心して上って来た。その少年は女にも見られない色気が身体中に溢れている。
 女形の感じですね。
中田 身のこなしが実に何といっていいか、女以上なんだ。その晩島耕二君が来て酒を飲んだが、お酌をしながら羞んで話をする。その翌日になって僕は嫌らしくって、とうとう四日程家に帰らなかったら、そのうちに出て行きましたがね。
記者 ファンの手紙にはいろいろなのがありましょうね。
尾上 手紙の中へ髪の毛を切って入れてよこすのがありますね。悪戯に入れて来るのだろうと思いますがね。
坂東 よく血で書いた手紙も来ますね。
 僕も貰ったことがありますよ。
 神戸の福原の娼妓さんらしいけれども、隔日に手紙をよこす。その日によって巻紙に書いたり、塵紙に書いたりして来る。もう四年間続いています。
小杉 熊本の県立病院へ肺病で永らく入院していた女で、写真も送って来たが非常な美人です。それが三年間続けて手紙をよこしました。字がとてもうまくて映画の批評など批評家以上で、私の映画に対しても可なり辛辣なものだった。その手紙には必ず自分の容態が書き添えてありました。僕も写真を送ってやった。そのうちに挨拶のため九州へ行った時、一遍訪ねて見ようという好奇心も手伝ってその病院を訪ねますと、つい一週間前に死んだというんだ。その時は僕なんとも云えぬ感に打たれたね。
高田(稔) 僕の映画を見て、永い間の悪事を清算して真人間になったなどといって来るのがあります。こんな手紙嬉しいですね。それは僕がよく撮る与太者映画はこうした結果を齎らすものが多いからだと思います。
 そんな手紙を貰うと全く感激してしまいますね。
 いつか宝塚の少女歌劇の生徒だったという娘の姉さんから或る日突然手紙が来た。その手紙には『妹はあなたが日活に入社した頃からの熱烈なファンで、その後胸を病んで少女歌劇を止めて家で保養している。あなたの誕生日も知っていて、その日には赤飯を炊いて陰膳を据えて、どうかあなたが成功するようにと水垢離までとって祈ったこともあるが、最近病気が大変進んで命旦夕に迫っているが、妹は「自分だけ密かに思ってこのまま死ねばそれで幸福だ」といっていますが、姉としてこのまま死なすのは可哀想でなりません。どうか今はの際に一言優しい言葉をかけてやって下さい。』という訳です。僕は非常に気の毒になって『どうか出来るだけ良い医者にかけて下さい。費用は私が出します。』という手紙を書いてブロマイドを添えて送ったのです。
 こりゃ大悲劇だな。
 すると二、三日して又手紙が来た。それには『妹は感激して、あなたのお手紙とブロマイドを抱いて満足して今朝死んで行きました。』と書いてある。僕はその少女が可哀想で直ぐ金十円也を御香典に送ってやったんです。これはなかなか僕の記憶からいつまでも去らないのです。
 いいな、そういうのは。僕は未だに癪に障っていることがあるんだ。それは僕が帝キネに入った時分、転送された手紙を見ると『蒲田撮影所内杉狂児様』とある。裏には何も書いてない。開けて見ると墨で麗々しく『時分の娘を競馬に行くと云って連れ出したり、待合に連れて行って疵物にするとは不届至極だ。これから訴えるから覚悟しろ、君も思い当るだろうから名前はわざと書かぬ。』と書いてあるんだ。悔しいけれど住所も名前もない。誰か悪戯をやったのかな。(笑声)
高田(稔) 僕のところへこの間面白い手紙が来ました。それには『貴殿の芸はいつも拝見しているが、どうも菊五郎の芝居よりは劣っている、もっとしっかり頼む。』と書いてある。(笑声)そうかと思うと『俺が行けば貴殿のプロダクションは日本一のものになる。至急金遅れ……。』(笑声)
藤井 手紙の最初に『こん畜生、馬鹿野郎。』と書いたのが来た。それは九州で所も名前もハッキリ書いてある。そして『貴様と命のやりとりをしたい。所はどこでもいい、日時を指定しろ、獲物は何がいいか、ピストルでも剣でも持って来い。』というんだ、僕も負けずに『いつでも来い。』と書いてやった。
 それきりか?
藤井 それに僕の鼻がどうの、眼つきがどうのと、観察が細かく便箋五枚に書いてあった。忌々しかったな。

相手役の女優さまざま

記者 相手役の女優さんについてもいろいろ面白いお話がありましょう。それを少しお話し下さい。
 僕はこの間勘定したら、相手役の女優さんが四十人近くあるんです。その中で森の静ちゃん(森静子)なんかやりいいですね。それと田中絹代さんです。あの人はとても演技がうまい、こちらが息を吐けば向うで吸う位の余裕があるんですね。あの人と一緒に撮った人だったら、皆褒めるだろうと思いますね。
尾上 森さんなどは確かにうまいというのでしょうな。心配気がないから−。
中田 僕は夏川君(静江)市川君(春代)は実にいいと思った。人間的にもいい。
 夏川君はいいらしいな。
高田(稔) 伏見信子さんと僕がラブシーンを撮ると、よくファンから、やきもちを焼いた手紙をよこしますが、やはり他の女優さんよりシックリしたところがあるのかと思います。
記者 好太郎さん、飯塚さんとは?
坂東 やりいいんですな。(笑声)※
 けんちゃん(好太郎)何笑っている?(笑声)
尾上 名前は云えないけれども、僕の相手役で嫌な臭いがする女優さんがいた。何ともいえない臭いであんな人と演った日には−。
市川 気分が出ませんな。
尾上 側に行くと嫌になりましたね。
中田 夏川君(静江)なんか、ラブシーンなど演る時にはキット仁丹噛んでいましたね。相手に不快な思いをさせないだけの女優道徳がほしいですね。
 腋臭のある人なんか香水位つけて来て貰いたいな。
市川 これは元自社(うち)にいた白石明子です。顔はいいけれども、じっと見ていても冷たくて気分が出ない。グッと手を握り締めて引寄せても冷たくなる。色気のない年頃でもないのに劇に出て惚れられない女ですな。
 踊のない故もあるでしょうが、どうも踊りのない女優さんは、一寸ラブシーンとか、混み入ったことになると合わないですね。
 たしかにそう思いますね。
市川 ほんとの息の合う者は数人のうちで一人か二人ですね。最近の歌川君なんか息が合ったけれども、息が合うようになればぽーっと出て行きますからね。
 私もよくなるとぽうと持って行かれます。
大河内 私は年齢よりはふけて、実物よりは大きく写るようです。それでどちらかと云えば、女になりきったような、妖婦型方面の、私に食ってかかるような、思いきった演技をして来る女優さんの方が演技がガッチリと取組めるようです。それと反対に面白い話があるのですが、以前日活にいた大倉千代子という女優さん、この人は体も小さく、可愛気のある女優さんですが『唄祭三度笠』で二人のラブシーンがあるんです。それを見た人に、親子のラブシーンだとからかわれたことがあります。そんな訳で、うら若い人と夫婦になりたいと思っても、ともすれば親子になりそうで気になります。(笑声)
記者 大日方さん、栗島さんと随分ラブシーンを演られましたが、どうですか?
大日方 御亭主が監督されるんだからね。(笑声)何だか悪い様な気がするし、一番初めに抱かれた時、舟の中だったがヒヤッとしたな。すると、もっと遠慮しないで抱きなさいよ−と云われてね。(笑声)
 僕など師匠のようにして化粧品まで運んでいた女優さんが、何年か後にその人の相手役の恋人になった訳なんだ。どうも遠慮で悉くやり難い。『これは芝居なんだから遠慮しないで、普段(原文は不断)のこと思わないで演りなさい。』『ええ、どうも。』なんていっても実際うまく行かなかった。(笑声)
記者 岡さんの相手は田中さんが多かったですね。
 あの人は非常にいいですね。(藤井さんお茶を飲んでむせる)
 変なところで吹き出すなよ、誤解されるから……。(笑声)
夏川 山田五十鈴さんはやりよくもあり、やりよくもなしというところ、市川春代さんはやりいいですね。
片岡 春公(市川春代)はうまいですよ。なかなか利口で非常に軽く芝居を捌く。それに間がいいし、芝居に品がありますね。
杉山 あの娘は、それを自然に持っているんですね。
記者 ラブシーンなど、ある程度親和の情がないと感じが出ませんか。
中田 嫌いな女とラブシーンは嫌ですね。
記者 同じ女優と何時もやっていると、自然親愛の情愛が湧くでしょう?
 それはまあ、そういう訳ですね。

好きな女は?嫌いな女は?

記者 一般の婦人で、こんな婦人は好きだとか嫌いだとか、ただ外見ばかりでなく、性質などについてお話下さいませんか?大河内さん一つ……。
大河内 大して好き嫌いはありません。総じて好きです。(笑声)
記者 でも山のお住いは女人禁制だというじゃありませんか?
大河内 私は女は好きなんですが、元来私の映画のファンは男が多くて、女に嫌われているようです。だから女に遊びにいらっしゃいと優しくいっても、来てくれまいと思うから、こいつはいっそ男らしく先手を打った方がいいと思って『女人禁制』の看板を掲げた訳ですが、中々そうはいきません。成べく女には会わないことにしているだけです。女に会っても心乱れねばいいのですが、中々乱れ易いです。(笑声)その中にどんなに綺麗な人が私に恋情をよせて来ても、滝口入道以上に、女人を尊敬こそすれ、心に小波一つ立てず、男子と対座同様な気持になりたいと思っていますが、どうも今はまだ若さもありましょう、綺麗な人を見るとフラフラッとします。(笑声)
片岡 僕は以前は日本趣味の女性が好きでしたが、この頃は瓜実顔の所謂純日本型の人にはそう魅力を感じませんね。一口に云うと所謂角立っていない丸味のある感じの人が好きですね。
杉山 時々変るらしいですね。
片岡 変るのかな、飽きるのかな。
記者 可憐なのが好きですか、色ッぽいのが好きですか。
片岡 可憐も困るし、エロも困るし。
坂東 僕は日本風がいいというと、僕のファンの中の洋装のとても好きな人に会ってもその人は口利かない。『あなた日本風がお好きでしょう。私はどうせ日本髪は似合いませんから。』といってプンとするんです。(笑声)
市川 好きな女ならば、断髪であろうが、日本髪であろうが、それによって変らないでしょう。好きな女が丸髷に結ったら尚いいと思うし、好きな女はやはり好きです。ここでいう好き嫌いは概念的なことでしょう。
 私は日本趣味なら日本趣味、西洋趣味なら西洋趣味に徹底しているのが好きです。中途半端なのは嫌いですね。
高田(浩) 僕は日本趣味があって、その上に溌剌とした近代味のあるのが好きですね。
大日方 僕はやはり日本的なのがいいな。洋装で爪なんか赤く染めたりして、私はうんこなんぞしません(笑声)といったようにいやに澄ましている女は嫌いだな。
高田(稔) 僕は、新しいことは何でも知っていながら、それでいて外面はいともつつましやかにしている女性を見ると実際頼もしい感じがする。所謂『温故知新』という言葉にあてはまる女性です。モダンガール然としているのは、何だか猿みたいな感じがして嫌ですね。
中田 僕は、歯の見えるところに金歯なんか入れているのは嫌だ。
大日方 歯並びがよくってね。それから声の枯れたのは嫌だね。
中田 つまらない指輪を三つも四つも嵌めている女、あれは手の美を傷つけるばかりでなく嫌なものだ。
記者 夏川さんは?
夏川 (ただ笑っている)イエスかノーかは云うけれども……。(笑声)
記者 じゃ、まだ女学生タイプ?
夏川 年とか、太っているとか、やせているとか、丸顔だとか、角顔だとか、階級なんかどうでもいいのです。
片岡 ただその時の気分でちょいちょい心境の変化は困るね。女房などに『俺はもう心境の変化だから…。』では。(笑声)
杉山 僕はやはりバッタリ主義の方です。大体女には無関心の方ですから……。
 私はどちらかというと冷たい感じの女が好きですね。あまりねちゃつかない、ピーンとしたのが……。
尾上 僕はまた理性の勝ったのより、少しぼうッとしている様なのがいいな。
記者 所謂、夫唱婦随っていうんですな。そんなのもうあるんじゃないですか。
坂東 いや、そう来られてはどうも……。(笑声)
尾上 僕はちょっと三味線位弾ける女で、あまり新しがりやでない女が好きですね。
 僕断髪嫌いだったが、岡田嘉子さんの断髪を見て魅力を感じましたね。『この襟足は特別の私の床屋でないと出来ないのよ。』といっていましたが、あんな素晴らしい断髪見たことがないです。
 僕はどんなによくても断髪はあまり好かないな。いつか友達の家で監督と僕と一緒に泊ったことがある。翌朝早くロケーションに行かなくちゃならぬ。僕が早く起きて隣の部屋を見ると、まだグウグウと寝ている。こりゃ大変だと思って、いきなり飛び込んで『ロケーションだロケーションだ。』と頭を掴んで起したら、それがその友達の細君さ。(笑声)どうも具合が悪くてね。以来断髪に対して余り好意が持てないんだ。
高田(浩) 僕は音楽が好きな故か、声がよくて多少音楽の趣味を持っている人がいい。
大日方 洋服と和服とを比較して、和服に七分、洋服に三分の情緒を感じるね。和服に包まれた中に神秘的なものを感じる。胸のペチャンコになったのは嫌だな。
 ダ・ヴィンチの描いたような女でしかも豊満な、お茶碗を二つ伏せたようなおっぱいはいいな。
 僕は服装は和洋どちらでもいい、素ッ裸にした場合、ヴィーナスの如く姿態が整っていれば、どちらでも似合う筈だ。色は多少黒くとも、顔は多少シャンでなくとも第一彫刻的な均整のとれた姿態美の持主ならいい。
記者 杉山さん嫌いな女は?
片岡 ないでしょうね。(笑声)
杉山 結局僕を嫌いな女は嫌いです。(笑声)
片岡 恐ろしく簡単だな。(笑声)そういうことはありますな。五人なり六人なり女がいて、その中の一人が何となく好きだと思うと向うもこっちが好きらしいです。
杉山 何か感じが通じるんですね。
 僕は所謂淑女で貞淑そのものの様なのは好かない。ガッチリした貞操観念の上に、ある程度妖婦的な気持のある女に惹かれる。それからこっちが十いう所を二つ聞いて後の八を悟ってくれるような英知の発達した女が好ましいな。
小杉 僕が嫌いなのは、十の力がない癖に十以上に喋ろうとしたり、見せようとして努力する女だ。
高田(稔) 僕は顔の美醜は余り問わない。経済生活に無関心な女は嫌だ。そして新聞の一頁から最終の頁まで全部読む様な女性であったら、無条件とまでは行かないが好きになるね。それから発育盛りの娘さんが、痩せたい痩せたいといって、あれやこれやと痩薬の広告を漁っているのを見ると唾棄したい様な気持になるね。折角恵まれた健康までも損ねて痩せたいなんて愚の骨頂ですよ。結婚でもすれば程よくなるんだ。
藤井 そういう女沢山いますよ。−僕は純粋な日本趣味だ、こて臭い匂いより、鬢付臭いのが好きだ。ところが全然違うような女を貰っちゃった。(笑声)
小杉 夫婦なんてそんなものさ。
 人は誰でも付合って見るといいところがあるもので、そうなると欠点も却って魅力になることもあるね。それからどんなに美しく装っていても教養の浅い人は直ぐに飽きが来るが、多少美という点は落ちていても次第次第に惹きつけられて行く女がある。やはり人間の深さというか、噛みしめる程味のある丁度するめの様な女があるね。
大日方 やはり知的のひらめきのある女は、そのためにシャンにも見えるね。

俳優なるが故に損した事、得した事

記者 映画俳優なるが故に得をしたことも損をしたこともおありでしょうね。
 みなさんどうです。余り得なことなんてありませんね。
 得なことなど滅多にないが、非常警戒なんかに捕まった場合、普段(原文は不断)顔が知れてるだけに、普通の人なら『一寸降りてくれ。』といわれるところを、『いや、君か。』で放して貰える、これなんか得の部類に入るかな。
大河内 綺麗な女優さんと、仕事の上で兄妹のような清らかな話が出来ることが、香り高い一杯のコーヒーの味のようで得といえば云えるでしょう。
尾上 僕は一度も得をしたなと思うことはないですな。
記者 では損だと思うことは?
 それは枚挙にいとまないほどあるね。早い話が親戚の従姉妹と一緒に歩いても、何か二人の間にあるかの如く取沙汰されるし、ちょっといい知り合いの家に出入りすると、どうもそこのマダムとでも何かあるように云いふらされる−という訳で世間から何だか監視されているようで不自由に暮さなくちゃならぬ。
大河内 損なことは、私なんか素顔ですと一寸分り難い方ですが、それでも芝居に行っても、野球に行っても、食堂に入っても、非常線を張られているようなもので、嫌な気持ちです。
 物を買うにも、値切りたくとも値切れない。デパートへ行って安いものを買いたいと思っても買えない。(笑声)
大日方 何処へ行ってもサインサインで悩まされる。殊に女学生などとくると、サインしてやっても有難うともいわないんだ。親戚の者など連れて動物園に行っても、アッ、あの連中押しかけて来はしないかというので、ちっとも落着けないね。
 この間新宿を歩いていたら、僕より年上の男が『サインして下さい。』といって出した写真を見ると、僕の写真ではない向うの写真だ、『裏にしましょうか。』というと、『いいえ表にして下さい、失礼ですが、あなたに僕がよく似ていると人に云われるから。』というんだ。ナニ似ちゃいないよ、チンチクリンで、ロイド眼鏡なんかかけて、これが僕に似てるかと思うと、トタンに憂鬱になったね。(笑声)
 僕には岡譲二でなく、個人の僕になって誰にも知れないような土地へ行って静かに過して見たいという反射的な気持になることがある。ところがどこへ行っても二、三日するとバレちゃってダメなんです。
片岡 僕今年の夏、城崎へ行ったところが直ぐ分った。分るとつまらないですね。旅の恥は掻き捨て位に思っていても、分ってしまうと掻き捨てにならない。もう時分の身体になれない、やはり格好つけて歩かなければならない。(笑声)ところが直ぐ分る人と分らない人とあるらしいね。
杉山 片岡さんは直ぐ分る方だ。
片岡 僕なんか写真と変らないらしいですね。で、仕方がないから今度は久美浜へ行った。そこは漁師町だから大丈夫と思ったら、又分った。今度は小天橋という家の少ないところへ行った、そこでもすぐ分った。結局そうなると泊りたくとも一晩しか泊れない。
 全く困るんです。夏なんか浴衣がけで手拭でも首に巻いて歩きたい、宿屋へ泊っても裸にもなりたいのですが、分ってしまうと素ッ裸でヤーヤーという訳にも行きませんからね。
大日方 だから世間の人が思うのと逆で、より紳士的というか、身を慎まなくてはならぬことになるんですね。
坂東 温泉へ行きたいな、まだ僕行ったことがないんです。
杉山 どうも僕等にはそんな余裕もなし、それに時間もなし……。
記者 皆さんには暇というものが殆どないようですね。あれでは暇があったら寝たいような気がするでしょう。
片岡 それは杉山さんですね。
杉山 どうも恐入ります。暇があって寝るんでなく、暇を盗んで寝るんでしょう。(笑声)
夏川 吾々には全く寝る時間しかないんですからね。
高田(浩) それと名を騙られて困ることがありますね。田舎の映画館へ行って、『僕ここへロケーションに来ている高田浩吉だ、金を落したから。』といって、まんまと金を借りてドロンを決めたのがあります。
市川 そういうのはよくありますね。
尾上 僕は着物からお金まで取られたことがある。『お宅の息子さんがこういう所で遊んでいてお金がなくなったから。』といって、僕が始終持っていた名刺の入っている袋などを留守宅へ出すので、母もスッカリ安心して、着替えと一緒に金を渡して、そっくり取られたんです。
 それから九州のある病院へ僕の名前で二ヶ月も入院した男がある。その医者から請求書が来た。名指しで来たからには仕方がない、泣寝入りでとうとう払ったことがあります。
 それからいろいろな点で、僕等が如何にも不真面目のように見ていられるのは心外だね。
中田 映画俳優というと、すぐに赤い派手なネクタイでもして銀座あたりを闊歩しているだろう位に思うけれども、現在は普通のサラリーマンと同じだ。
 実際昔はそういう人もあったらしいが、今はだんだん品質もよくなり向上しつつあるんだ。志賀暁子事件などを見て、女優というものは、皆パトロンを持ってあんなじだらくな生活をしている様に思われては大部分の女優さんも立つ瀬がないと思うんだ。

ロケーション先の珍談・奇談

記者 今度はロケーションの珍談を一つ聞かせて下さい。
小杉 これは杉君には大いにあるな。
 いや、そういうことを云うから困る。僕はロケーションに行くと大人しいから。(笑声)
 小杉君の気ちがいの振りをしたという話はどうだ。
小杉 うむ、あれか、この間ロケに行ったときのことです。
一人の友人と一緒に風呂に行って僕が座って洗っていると、側に湯の充たされた桶が目についたから、友人が汲んでくれたんだと思って、『よう、有難う』といってぱっと被ってしまった。フト隣を見ると頑丈なお爺さんが、変な野郎がいると思ったらしい、じっと睨んでいる。ああこれはしまったと思ったが追付かない。どうせこうなりゃと思ってもう一杯汲んであるのも被ってしまった。すると『おい、お前どこのもんだ』と脅かすんだ。ここでどうも相済みませんとお云えないから、いきなり大きな声で鼻歌歌って悠々と出て来た。(笑声)そしたらその親父、風呂へも入らずにじっとこっちを睨んでいる。気ちがいだと思ったらしいね。
大日方 いつか或る田舎へロケーションに行った時のこと、役者同士が二派に分れて狂言の喧嘩を始めたんです。宿の番頭なんか本物の喧嘩だと思って真顔で仲裁する。そのうちに予て示合した通り一人が癲癇を起して口から泡を吹いてぶっ倒れる。何しろこっちも大真面目でやっているんだから、宿でもこれは大変というので三里も先から医者を迎えるという騒ぎになった。癲癇になった男は『もう誰か嘘だといってくれ』と頻りに顔で合図をするけれども、ここまでになってはいよいよ引込みがつかない。そのうちに山羊髭の医者が来て聴診器を当てていたが『これはカンフル注射に限る。』といって真面目くさって注射の用意を始める、宿のお歯黒の剥げた目脂だらけの婆さんが毒消を噛んで服ませてくれる。(笑声)癲癇になった男こそいい災難です。結局医者のお礼とか何とかで皆が三円ずつ取られたんです。
 月形龍之介、永井柳太郎などでそんなことをやったことがある。そのうちの一人仮病を起し、大真面目で『この病気は女の腰巻を被せなくちゃ治らない』という訳だ。ところがそこに純な芸者が居てそれを真に受け、恥ずかしそうに腰巻きをとって被せると、病人になった男は恐ろしく笑い上戸だったので被りながら笑っちゃったので、途端にその芸者が泣き出して大変な騒ぎになったことがある。(笑声)
大日方 僕が別所へロケーションに行った時だ。監督の持っていたレコードをそこの女中が踏割った、別に必要なレコードではなかったけれども、真面目顔で『これは明日の撮影に使うんだから大変だ、これから急いで代りを吹き込まなくちゃならない、誰か声のいい女はいないか。』というと、長岡の方の女で海端で鍛えたという声のいいお艶さんというのがいるという訳で、早速部屋へ連れて来て、伏見晃が火鉢の縁を火箸でがりがり掻き回しながら『そこは、もっと調子を上げて。』とか何とか訳のわからないことを云いながら、おけさだの米山甚句だのを全部やらしちゃったんだ。(笑声)
市川 私が舞台からマキノに入社した当時のこと、月形龍之介、マキノ智子泉春子というような連中と浜松へ挨拶に行ったことがあります。その時館主が出て来て一々皆に挨拶していたが、やがて私のところへ来たんです。私は映画に入って間もないので、従って舞台の匂いが抜切っていなかったのでしょう、『私右太衛門でございます、どうぞよろしく』といったと思うと、その人が飛び下がること一間ばかり、『さてさて御高名はかねがね承って居ります。よくもおいで下さいました。』と鄭重を極めた挨拶に、私も何だか狐につままれた様でぼうッとしてしまった。なにそれが後で分ったのですが、舞台から映画に入ったというのと、成駒屋中村歌右衛門の名前の錯覚だった。その時『私はこんなに偉いのかな。』とちょっと優越感を感じたというのか、ふーッと飛行機にでも乗った様な気がしたですね。(笑声)

将来どんなことをして見たいか

記者 最後に皆さんの将来に対するご希望とか抱負についてお話し下さいませんか。
 僕の将来の希望は、世界的の名優になるということが第一です。話が少し大き過ぎますが、その気持でやっていないと馬鹿らしくてやっていられなくなりますからね。
市川 私は兎に角重役になりたい。ただしは東京の帝国ホテルとか、京都の都ホテルとかそういうものを経営して見たいですね。
 それならなろうと思えばなれますよ。
市川 会社にセットを造ってですか。(笑声)
尾上 僕は相場をやろうと思うですね。役者になるか、相場をやるかというのが小さい時からの念願です。一度位乞食になってもいいからガシャンとやって見たいんです。
市川 一度にガシャンと儲けてホテルでも建てる、それもいいな。その時には御祝儀を一つ……。(笑声)
 僕はそれからウンと働いて軍資金を作って百貨店を経営するか、大きなホテルを経営して見たい、これも希望の一つです。
高田(浩) 僕は素晴らしい音楽映画、外国のものに負けないようなのを日本で拵えたいですね。その癖音楽など全然分らないですが−。
坂東 僕の希望というと、親父(勘彌)守田座というのを経営していたでしょう。あれをしうかさんとか、猿之助さんとかと力を合わせて、十年先でなくとも、二十年後には守田座をもう一遍盛り立てたいと思います。
 それはいい希望ですね。
尾上 それをやらなくてはならぬ立場でもありますな。
夏川 僕は学校を出ると急に勤めるところも見つからないし、そのうちに姉(静江)の手引で映画界に入った訳ですが、今となってはこの世界を抜ける意思は全然ありません。が、俳優を永くやろうとは思いませんね。
片岡 監督の方がやはり面白いでしょうね。現在の制度では−。
記者 すると夏川さんは将来大監督になるという御希望ですね。杉山さんは?杉山さん少し内気らしいな。
杉山 ええ、少し……。(笑声)
片岡 強い内気だな。(笑声)あまり大きいことを云うと気ちがいだと思われるし……。
杉山 大ちゃん(夏川)と同じなんですよ。
高田(稔) 僕は映画を通じてもっと世の中の姿をハッキリ見せたいと思っている。現在の雑誌は津々浦々まで行き渡っているが、それと同じように映画もそこまで持って行きたい。つまり大人の見る絵本、子供の見る絶好の絵本となる映画を作りたい。文字の読めない人にもわかるというのが映画の特質ですから、映画をしてもっともっと社会人の必要性のものにして、国民思想の善導に寄与したいというのが僕の念願です。それには自分のプロダクションを大きくして、たとえ少々損をしても、世の中の為になる優秀な映画を作らねばならぬと思っています。僕が映画界に入った動機もそこにあるのです。
片岡 僕は、監督、キャメラマン、役者、脚本家の全部一流を網羅して自由に仕事をやって見たいような気がします。
 僕は映画より外にあまり興味を持たない男ですから、外のことをやる気はない、映画はまだまだ開拓すべき余地があり、前途洋々たるものがあると思う。僕達これまで経験して来たことは大海の栗粒のようなものだと思っているね。恐らく皆さんも同感だろうと思う。
記者 どうも長時間有難うございました。ここらで閉会といたします。

※ 坂東好太郎と飯塚敏子は夫婦。座談会当時は新婚。



<旧字体、旧仮名遣いについて>
旧字体及び旧仮名遣いは、新字体に改めました。また、現在一般的に読みづらいと思われる漢字についても、ひらがな及びカタカナに改めました(伯林→ベルリンなど)。
ただし送りがなは、現在一般的に使われているものとは違いがありますが当時のままに記載しています(暮らし→暮し、上がり→上りなど)。

<リンクについて>
座談会中に出てくる人名には、薄黄色でマーカーをしてwikipediaへリンクをかけています。ただし、wikipediaの情報は必ずしも正しいものばかりでないことをご了承ください。

<掲載について>
著作権法における、団体名義の著作物=公表後50年で保護期間終了という解釈のもと記事を全文掲載していますが、​問題がありましたら こちら からお知らせいただければ幸いです。