三都新繁昌記「新東京繁昌記」(1928年)

2016.09.05

昭和3年の東京。現在も銀座のシンボルである和光(服部時計店)のビルは、この時まだありません。
銀座は松屋、松坂屋、京橋日本橋は三越、白木屋、高島屋、上野は松坂屋…デパートの店員や客層の詳細が興味ぶかい。
そして夜の銀座はカフェーの銀座。ネオンが浮んでくるようです。
ああ、昭和3年の東京に行ってみたい。


戦前の雑誌から
三都新繁昌記「新東京繁昌記」 銀座街人
クラク 1928年(昭和3年)4月号
プラトン社 定価60銭

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 明るい灯は躍る。ああ銀座へ行こうね。
 其処には目くるめく錦紗の春装を凝した我が美少女も行く。其処には薄い絹靴下を透して、何の惜気も無くしなやかな脚を見せた我がモガも行く。其処には仕立おろしの背広すっきりと、其の襟あくまで白く派手好みのネクタイを食み出した我が颯爽たる若人も行く。
 自慢では無い。否、自慢にしてもいい。古典的な云い草ではあるが、東京が日本のセンターであるならば、光の波のさんざめく東京のセンター銀座は、ぶっつけ何人の抗議も許さず即ち、日本のセンターと云う事が出来よう。銀座から日本橋へ、雑然たる中にも気持ちよく騒々しいうちにも、或るリズムが整然と調子を取って、流れて止まないのが何んと云っても新東京の嬉しい景情と云わねばならぬ。其処にはまざまざと生活苦の征矢を浴びながらも、都会に活きる者、文化に息づく者の歓びが肺いっぱいに溢れ切って居るのである。
 大地ゆらゆらと唸りを打って、太陽は血を揉むように赤かった凄まじい震災の記憶は語るまい。目貫と云う目貫、盛り場と云う盛り場、江戸時代からの富も、繁盛も、根こそぎ持って行かれた、あの荒涼はてしも無い満目の焦土が、ここ三四年ばかりのうちに、バラックでも嬉しい、賑やかな、栄えた街の姿に盛装して、我等のモボやモガたちが栗鼠の如く軽快に、二十日鼠の如くすばしこく、跳ね廻るのは何よりの都会情緒であろう。
 新東京の目まぐるしい映画のうちには、一町ロンドンの丸の内文明もある。下町風に新江戸前を加味した人形町文明もある。山の手銀座を誇る新宿通りぶっ通しの四谷文明もある。金ボタンの学生も交えて盛り沢山に雪崩れうつ神楽坂文明、三田文明、本郷文明なども、ザラにザラに横たわって居る。其れから活動写真のプカプカドンドン、安来節の黄色い肉声、火花を散らす剣劇の大立ち廻り、ありとあらゆる雑踏が、さんざめく光りの坩堝に溶け込んで行く浅草文明も、濃厚な原始色其の儘に塗り出されて居る。
 が、然し、新東京の景情と云うのが、如何にもピタリとピントに合ってくるのは銀座だ、銀座だ、銀座だ、銀座だ。

『オイ銀ブラに出懸けようぜ』
『賛成賛成、資本家は云い出しっ屁さ』
『はね子さんどちら?銀座?』
『ええ、いらっしゃいよ、奢るわ』
『まあ素的なショールね、お買物?』
『デパートよ、ハズにねだってね』

 山の手から、郊外から、下町から、東京と云う大きな渦巻の、いっさいがっさいの隅々から、お買物もあろう、デパート廻りもあろう、カフェー漁りもあろう、女張りもあろう、夜店ひやかしもあろう、酒のみもあろう、札束の唸って居るのもあろう、一金三十銭内外のプロもあろう、併し、只漫然と、明るい明るい舗道目がけて足の向くのが銀座である。
 新橋から京橋まで、銀座はほんとうに、海のロマンスに潜む偉大な章魚(たこ)の吸盤のような力を以て、あらゆる東京人を、モボも、モガも、モジも、モバも、男も、女も、子供も、お婆さんも、吸いつけて、捲きたてて、抱き付いて、夜となく、昼となく、物狂おしいばかり愉快な新東京文明のあったかい接吻を投げかける。
 サロメの紅い舌なんか、あっちに行ってハイハイしておいでと、云うくらいな其の接吻の烈しさである。
 そして、新東京を遠慮なく表徴する我が銀座文明は、デパート文明と、カフェー文明の二つである。昼はデパート、夜はカフェー、都会人の一生は全く虻のごとく慌ただしい。

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 朝っから灯のつく夕方にかけて、銀座通り、否、大きなジャイアントのような新東京を支配するのが、即ちデパートメント・ストアの文明君である。
 銀座に松屋松坂屋、京橋日本橋に三越白木屋高島屋、上野に松坂屋、と云ったような大きな建物が、鯨が一息に鰯を吸い込むより、もっと見ごとな鮮やかさで、一日に何十万かの人間を呑んだり、吐き出したり、胃袋のなかをあるき廻らせたりして居るのである。
 其のうちで、歴史から云えば、三越、白木が最も古く、松坂屋これに次ぎ、松屋が今川橋から銀座街頭へ乗り出したのは最も新しい。そして目下鉄骨を組みたつる機械の騒音もけたたましく新築中なのが、日本橋交差点の白木屋と、上野十字街の松坂屋だ。三越と、銀座の松屋、松坂屋とは、鏡の前に紅を溶く湯上りの女のように、すっかりお化粧が整って都会人に媚ある美薬を滴して居る。
 三越のエスカレーターを少年少女と一緒に上下するのも面白いものだ。光線の素的に明るい松屋のホールを下から仰いでゴールデンバットを吹かすのもいい気なものである。松坂屋の屋上動物園に行って可愛い小熊に三きれ一銭の芋や人参を投げあたうるのも安価な享楽でないか。
 デパートメントの日の下開山だけあって、そりゃ何んと申しても三越は大仕掛だ。松屋はしみじみ新しく上品な趣きもある。松坂屋はすっかり民衆的に出来て居る。まあデパートの制限選挙から普選に行ったような行き方である。
 上野の松坂屋が、地下室を電車通りの下まで広げた上に、九千坪の広壮な新築を急いで居る。日本橋の白木屋も、地下室を二階にして、八階建約四千坪の目新しい分離の建築に着手して居る。今年の暮から来年にかけて之等の新築が出来上ったなら、素晴しいデパート文明が、ローマの王様のごとく、大東京をすっかり支配することになるのである。
 之等のデパートが一日に呑吐する人間の数をどれだけと思う?
 三越が七八万、松屋、松坂屋が各々六七万、仮館ながら上野の松坂屋と、日本橋の白木屋とが各々四五万を下るまい。即ちザッと合計すると、デパート全体に出入する人々が一日どうしても三十万ないし四十万人はある。お天気のいい日曜とか、祭日とかになると少く共五十万内外の人々が、漫歩でもいい、お買物でもいい、デパートの衣香帽影を構成する事になるのである。
 そんな人間の大雪崩である。だから一日の売上げ高でも目を剥く。三越の一日二十万ないし二十五万円を筆頭に、松屋、松坂屋、白木屋いずれも一日五六万円から、七八万円の売上げはザクザクある。
 けれ共、月給を頂く使用人の数も又夥しい。三越が五千人、松屋が二千人、松坂屋が両方合せて二千三百人、白木屋は千人と云うから驚かされる。
 其の内、女の店員は、三越が千二百人、松屋が七百人、松坂屋が之れも銀座と上野で八百人、白木屋は三百人ばかり。

 三越の女は紫紺。
 松屋の女は薄いコバルト。
 松坂屋の女は薄いじみな紫。
 白木屋の女は薄い青色。
 とりどりな色彩のブローズを着て、甲斐甲斐しい女店員振りが目を惹く。三越のは派手である。松屋のは上品である。白木のは優雅である。松坂屋のは少し薄汚いが店のモットー通り質素本位である。
 たいてい十四五才から、二十一二までのショップ・ガールのスタイルは之れも新東京の繁栄を語る物優しい花びらのようなもの。尤も三越には十年、十五年と勤続した四十前後の婦人も若干居る。小説家国木田独歩の未亡人がここの女店員取締りをして居たことも有名な話の一つである。

 話は少し穿ってくる。
 一番シャンの多いのは白木屋だが、松屋も之に劣らない。松坂屋は女店員の器量まで実用主義に出来て居る。三越は大勢な代りに、素的なのも居るが、平凡なのも多い。粒を揃えるのはなかなか骨だとのこと。
 或るデパートの化粧品係りに通いつめた貴公子も居る。毎日毎日石鹸やベジリンを買って、とうとう知り合いになり、親許にさて結婚をと持ち込むではねられた逸話もある。
 朝は八時頃から、夕方は六時すぎまで、人息れに揉まれて揉まれて彼女等は働く。ひそかに仰ぐ鼻の穴に黒いほこりの見えるのも是非ないが、薄化粧に一寸口紅さしてまみ長く描いた逸物はなかなかの風情と云わねばならぬ。
 食堂の給仕女などはどこも十四五ぐらいの無邪気な子供子供したのを選むのである。三越、松屋、松坂屋、何れも黒い可愛い洋装に雪白のエプロン姿は映りがいい。なかんづく、三越新案、各階案内所のボックスにうずくまる案内女の、白いジャケツに黒のネクタイ掛けたのは大にモダーンである。
 之等の女店員の採用試験は先ず容貌試験と簡単はメンタルテストで、十人、二十人の募集に対して、いつも二百人ないし三四百人も申込みが殺到すると云うから驚く。そして偶には勤続者も居るが、多くは一年か一年半でやめる。よく素人女専門とか云う所に、某々デパートの女店員を周旋するなど触れ込むことがある。大勢の女だからそんな不心得な不良性のものも一人や二人あるか知らぬが、大部分は嫁入り仕度なり、家計の補助なりで、嫁入り口があれば逃げ足は早い。
 上野の松坂屋は左程でも無いが、流石に銀座、日本橋のデパートには、歴々と掲示板にひそむトリックがある。
『Mちゃん午後五時頃まで新橋で待つ』
『幸雄さん三時半 ◯◯でお待ちよ』
 こんなのがまじめな要件とチャンポンになってあらわれて居る。ひと頃デパートの待合室は不良分子の逢引の場所であったり、いかがわしい千三つ屋の相談の場所であったり、漫然たる失業者の昼寝の場所であったりしたこともある。併し近頃ではその筋の目が光ってだいぶ減って来た。

 さて今度はお客さんのカラーである。
 デパート通いの女は、奥さんでも、お嬢さんでも、おかみさんでも、娘さんでも、何枚お持合せになって居るか箪笥の中のこと迄存ぜないが、すべてが最高の満艦飾シャナリシャナリは勿論である。
『今日は三越、あすは帝劇』之れは独り三越のみで無い、殆ど東京人の享楽方面を象徴するモットーとせられて居た。三越はもともとこんな風で云わばブルジョア式に出来上って居た。所がデパートを二等辺三角形に例えるなら、其の頂点の貴族主義から、寧ろ底辺の大衆主義に目がけて来た。いま其の中編をブラ付いて居るのが三越だ。従ってここの客種は貴族主義と、中間階級と、民衆主義とがゴッ茶になって居る。地方的に評判売った三越に、東京名所の一つのつもりでお上りさんの多いのも第一である。
 そこへ行くと、松屋はあくまで貴族主義で、山の手式である。殆ど全部が東京相手で、
『高くつとも良い品』
 と云うのが松屋の澄し振りだ。三越は八幡の藪知らず然としてゴタついて、焼けのこりの旧館に新館を建て増し、頗るジグザグを極めて居るが、松屋の方は御自慢ホールを筆頭に明るい華やかさを見せて居るのが特徴と云わねばならぬ。そして他の店のように割引とか特価品とかを絶対にやらない。即ち三角形の頂点で舞踏をして居る。
 松坂屋はどこまで行っても実用本位である。一にも実用、二にも実用、三にも実用、百にも実用で、女店員も、販売も、万事が実用向きに出来て居る。大衆主義の底辺ばかりを狙って、大割引、景品付、特価品販売で、朝っから列を作って押すな押すなである。
 そこで白木屋は、昔粋人奥田竹松君が地盤開拓したせいもあろうが、襟筋の綺麗な芸者のいき姿がデパート中いちばん多く見られる。白木でも、上野の松坂屋でも、新築が出来たら、デパート文明がいっそう光彩湧きかえる訳となってくる。
 松屋のお家賃だけでも一ケ年驚く勿れ五十万円、銀座の松坂屋が三十万円、売れることも売れようが、経費の点素晴しい。何しろ、不心得な万引きにかかる品物の損害だけでも全売上げの一分は見てある。三越の売上げが一ケ年ザッと四千五百万円と踏んでも、三四十万円の万引料が見越してある。セルロイド製の玩具なんか、五六割は無くなったり、キュピーさんの頭がペチャンコに押し潰されたりする。
 松屋の自慢はショウインドと、店員のボーイスカウト、其れから見通しの大ホール。殊にショウインドウの人形には夜の銀座相手だけに何処より念を凝らす。あの硝子戸一枚が大体一万五千円。二枚だけ予備はあるが、それ又ぞろ黒色連盟の銀座荒しなどに掛かろうものなら、其れこそたいへんだと宣伝部の前波君が内密で囁いて居た。
 三越の自慢はエスカレーターに、電灯の消えた用意のラスト・エンジンと云う新式の機会、其れから六百人を容るるに足る大演芸場、東京駅のお迎え自動車、之れは白木も負けずにやって居る。
 兎に角、銀座、京橋、日本橋、さては上野等の昼の人出は之等のデパートが醸造して居る。デパート通いの婦人は、夜の銀ブラと共に、新東京に於ける流行の火元である。

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 プラタナスの並木によるの霧が掛って、パッと明るい灯がつくと、もう夜の銀座だ、夜店の銀座だ。更にカフェーの銀座だ。『西の方ライオンを出づればカフェー無からん』誰やらの才人がこう飛ばして往年喝采を博したことがあった。昔は銀座でカフェーらしいのはライオン一軒くらいのものであった。ライオンにやや後れて、松山省三君のプランタンが出来た。
 ところが今日の銀座はカフェーの銀座である。其筋のお調べによると、銀座から日本橋の通りにかけて、裏表を合せたらカフェーや喫茶店が千軒を突破しよう。殊に銀座は到る所カフェーである、カフェーである、カフェーである。
 妙なことにはライオンに張り合ってタイガーが出来、キリンと並び合ってクロネコが出来た。獅子、虎、麒麟、それに猫、動物の名が大流行でまるで動物園の陳列会だ。
 ライオン、タイガーの女給はめいめい勝手なお洒落をして、青年は勿論、不良老年まで磁石のように惹きつける。タイガーの方がライオンよりもずっと派手でコケッチッシュである。ライオンは昔より玉が落ちて妙な顔を並べて居る。光って居るのは九条武子によく似た綾さんぐらいのもの。
 そこに行くと、タイガーには薫婆さんを初め、おけい、お葉、お秀など面が揃って居る。満州お虎の異名を取った獰猛なおあきも居る。キリンは黒の揃いの衣装に白のエプロンが馬鹿に配分がいい。ゴシック風の室内に灯の薄暗いのも一寸乙な趣で、お得意のキリンの生は明治屋直営だけの値打はある。
 酒神を意味するバッカスは『風紀を乱す廉あり』と恐いおじさんに睨まれて営業停止を食ったこともある。ところが世間は広い。其れが又却って人気となって
『一つ風紀をみだしたいものだなァ』
 と押すな押すなで出かけて行くから摩訶不思議である。クロネコは女給は紫紺の衣装に白エプロン、猫よ、猫よ、瞳の美しい七三、耳かくしの猫がニャーンニャーン『入らっしゃい』と啼いて居る。
 銀座にゴンドラと云うのが出来た。カフェーとしては一番新しい。女給合せて八十幾人。集めたな集めたな、光ったのも偶には居るが、こう大量生産では人三化七の女給化も大に興味がある。
 夜の七八時から十二時までは実にカフェーの世界である。白エプロンの女給が何処にもいっぱいだ。赤い笑、媚を滴らす瞳、モボは勿論、蛮カラ、ハイカラ、不良、善良、学生、紳士の群がことごとく波うって、酔払って、酒を帯びた銀座の雰囲気は、不透明なかんばしい薔薇色である。
 ああ明るい灯は躍る。銀座へ行こうね。


<旧字体、旧仮名遣いについて>
旧字体及び旧仮名遣いは、新字体に改めました。また、現在一般的に読みづらいと思われる漢字についても、ひらがな及びカタカナに改めました(伯林→ベルリンなど)。
ただし送りがなは、現在一般的に使われているものとは違いがありますが当時のままに記載しています(暮らし→暮し、上がり→上りなど)。

<リンクについて>
文中に出てくる人名、地名などには、薄黄色でマーカーをしてwikipediaへリンクをかけています。ただし、wikipediaの情報は必ずしも正しいものばかりでないことをご了承ください。

<掲載について>
著作権法における、団体名義の著作物=公表後50年で保護期間終了という解釈のもと記事を全文掲載していますが、​問題がありましたら こちら からお知らせいただければ幸いです。