桑野通子メモ#2 「彼と彼女と少年達」あらすじ

2016.10.15

蒲田 1935年(昭和10年)6月号


 近海航路の汽船の甲板。
 素性の知れぬ「洋装の女」が物倦そうに海面を眺めて居た。やがて煙草をくわえてポケットの燐寸マッチをさぐったが、燐寸がない様子、フト一方を見、その方へ歩き出した。
 そこには学生姿の青年が、煙草に火をつけかかっていた。
 「済みませんけど、燐寸を---」
---火を貰った、女は、ブリッヂにより、紫煙を吐いた。
 「どちらまで」
 と「男」だ。「女」簡単に、
 「此の船が、最後に着く港まで」
 「御帰国ですか、御旅行ですか」
 「旅行の部かしら……」
 と、軽く会釈して船首の方へ「女」は去った。
 夜の港、港町。
 「女」は降りた。「男」もその港で船を降りた。
 「男」は勉強中の学生で、甲州屋に泊まった。「男」は船の中の「女」を想い出して
 「今日の船で、他に泊まったお客あるかい?」
 と女中に訊いた。女中は
 「宿屋らしいのは土地では此処一軒でございますけれど---」
 と答えた。

 彼女はこの甲州屋に泊まらない筈だ。「女」はこの港の観音裏の色街---のと云うよりか、夜の女であったからだ。
 朴訥で長閑のどかな港の町!でも甲州屋の倅、ドン公と、床屋の子の床チビとは喧嘩のために生まれて来た様なものだった。
 今日も猛烈な喧嘩だ。
 「駄目じゃないか、小さい者虐めちゃ!」
 「女」が見兼ねてたしなめた。ドン公は泣きそうな顔をして
 「やられたのは俺だい!」
 と泣き出した。
 「大きなくせして小さい子供に負けちゃ駄目じゃないの」
 と「女」だ。ドン公むくれて
 「これから、勝とうって時に小母さんがめちゃったんじゃないか」
 これを遠くから、微笑し見守っていたのは「男」だった。
 「なんだって、喧嘩なんかめたんです。子供なんて喧嘩しながら大きくなるんですよ」

 子供達は何時しか「男」と「女」に仲良くなって行った。
 大人にいていた「女」は「男」の淡い恋を軽く受流し、寧ろ子供の甲州屋のドン公を可愛がる様になって行った。
 「男」が勉強のためこの港の町まで来て、二三日後のことだった。「男」は朝の散歩に観音堂の裏まで来た。
 そこの小料理バー、そこに「女」が居る「女」は窓際で歯ブラシを使って居た。
 「此処にいつまでいらっしゃるの」
 「当分!」
 「静養、それとも」
 「勉強だよ」
 「柄でもないわね」
 「僕もそう思ってるよ」
 「男」と「女」の対話だ。

 その夜、とも角「男」は観音の裏通りに出た「女」が居た。
 「遊びに来たんですよ貴方の処へ!」
 「勉強中にこんな処へ来ちゃいけないわ」
 「でも遊びに来いって言ったんじゃないか?」
 「云ったかも知れないわね、口癖で!」
 「男」は流石にムッとした。踵を返して去りかけたが、吐き出す様に
 「明日帰るかも知れませんよ」
 と言った「女」は平然
 翌朝、宿の「男」のへやに女中が起こしに来た。
 「今日、お出立たちになりますか」
 「男」は都へ帰るのが淋しい。何時知らず沸いた「女」への淡い恋よ。
 「もう一日、延ばしたよ」
 と「男」だ。
 「女」は、甲州屋のドン公と益々親しくなって行った。
 「小母さんが此処に居る間、仲良くしておくれね」
 と言えばドン公、
 「その代り、他の子供達と仲好くしちゃ嫌だよ」
 と言う。子供に優しい、この「女」をドン公も独占したいまでに親しんだ。
 けれども甲州屋のドン公も床チビも、親の意見で
 「子供はあんな女の人の処へ遊びに行くもんじゃないよ」
 と、色街の「女」と遊ぶ事を許さなかった。何にも分らない子供心にもそれがとても不平だった。
 この事を「男」の口から聞かされて女は流石に淋しかった。
 「じゃあ、あの子、あたしのために監視づきなのね」
 と言う。そこをすかさず「男」が
 「で、僕がドン公の代り役を勤めて一緒に遊ぼうと云うんですよ」
 と言い寄るのを「女」は気にも止めない様に
 「あたし大人にはもう、き倦きしてるのよ」

 一日延ばし、三日延ばし、何となく女に心残りがして、ここに滞まってはみたものの「女」はなびく様に見えてなびかぬ「女」
 「女」はあれ程仲よしになったドン公やチビ公まで遠ざけられて自分と言うものが情けなくなった。
 「あたしの様な子供を可愛がる資格もないんだ!」
 と「女」は吐き出す様に言った。
 男は遂に物淋しい別れの盃を女の前に受けて
 「君も一緒に東京へ帰らないか」
 としみじみ「男」が言った
 「東京へ?」
 「女」が虚ろに聞き返すのを
 「僕も来年は卒業だよ」
 と言った「女」は冷たい笑いで
 「いい奥さんを貰うんだわね」
 「男」は淋しく口をつぐむ

 船は出て行く「男」は今東京へ帰って行く
 満たされない「女」のさびしい姿が一人離れて出て行く船の「男」に高く手を上げておった。   【蒲田作品】

原作……ジョルチュ・メナール
脚色……荒田正男
監督……清水宏
撮影……青木勇

キャスト
男………上原謙
女………桑野通子
甲州屋……突貫小僧
床チビ……爆弾小僧
甲州屋の父…大山健二
同母…………青木しのぶ
床チビの父…坂本武
同母………高松栄子


〔メモ〕
 桑野通子ファンにとっては、一度でいいから観てみたい、幻の映画ではないだろうか。
 上原謙とのコンビ第一作としても知られており、この伊豆でのロケは、二人にとって想い出深い撮影だったようだ。
 桑野通子と上原謙という二人の俳優の現存しない出演作として、また、清水宏という映画監督の現存しない監督作として、この「彼と彼女と少年達」の名があげられることは多い。

 古びた橋の欄干にもたれる彼女と彼。
 浜辺の草むらに座り、遠くを見つめる少年達。
 まだあどけなさを残すゆるやかなウェーブの耳かくし、黒襟の彼女。そんな彼女を、夢みるように見つめる彼。
 残っているスチール写真からは、ゆたかな詩情が伝わってくる。

 あくまで個人的な好みの話だが、私はこの作品が公開された1935年くらいまでの桑野通子がいちばん美しいと思う。
 この時代の彼女には、のちの一般的なイメージ……理知的で地に足をつけた活発なヒロインのイメージはまだない。「金環蝕」のわがままな令嬢のキツイ役でも、「東京の英雄」のストリートガール(娼婦)のようなすれた役でも、なんとなく、芯のない、無理に触れると溶けてしまいそうな雰囲気を纏っている。
 36年頃から、彼女は少し太り、眉毛の形は下がり眉からつり眉になった。意志の強い能動的なモダンガールのイメージには、そのほうがシックリくるし、松竹からも世間からも、そういうキャラクターを求められていたのだろう。
 しかし、私はデビュー間もない頃の、下がり眉のたよりない桑野通子が好きである。
 幼い頃から苦労して育ち、森永のスウィートガールをやり、「フロリダ」のダンサーをやり、松竹蒲田で女優になった彼女。派手に見られる外見とはうらはらに、おとなしくて、いつもスタジオの隅に一人で座っていたという。
 女優になったものの、本当にこの道を進むべきかという迷いもまだあっただろうし、この「彼と彼女と少年達」での共演をきっかけに芽生えたであろう上原への好意(上原謙の自伝に書かれた二人の恋愛が事実ならば)と、スウィートガール時代からの交際といわれた妻子ある男性の間で揺れうごいた時期でもあっただろう。人生のコンパスがどちらを向いているのか分からない不安、ふわふわと漂う憂慮。
 「彼と彼女と少年達」の桑野通子の顔つきは、彼女の本質と儚く終わった人生を暗示しているように思える。

<旧字体、旧仮名遣いについて>
旧字体及び旧仮名遣いは、新字体に改めました。また、現在一般的に読みづらいと思われる漢字についても、ひらがな及びカタカナに改めました(伯林→ベルリンなど)。ただし送りがなは、現在一般的に使われているものとは違いがありますが当時のままに記載しています(暮らし→暮し、上がり→上りなど)。

<掲載について>
著作権法における、団体名義の著作物=公表後50年で保護期間終了という解釈のもと記事を全文掲載していますが、​問題がありましたら こちら からお知らせいただければ幸いです。