銀座 喫茶店のひととき 小野佐世男(1938年)

2016.10.22

漫画家の小野佐世男による、銀座の有名喫茶店訪問記。
コロンバン、モナミ、富士アイス……昭和初期好きにとっては、よく耳にする名前ばかり。
面白おかしい雑文ふうで、当時の店内の様子やメニューがわかるのは、とても読みやすく、愉しい。
皿の上に鼠がいたなんて、現在なら店から訴えられそうなくだりもある。
トリコロールと資生堂は、建物はいずれも建て替えられているものの、今でもの同じ場所で元気に営業中。


戦前の雑誌から
「銀座 喫茶店のひととき」 絵と文 小野佐世男
スタイル 1938年(昭和13年)3月号
スタイル社 定価30銭

コロンバン
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「皿を踏む鼠の音の寒さかな」
「アラ、いやね、それなーに」
「蕪村の名句である」
「ナンダッテ、コロンバンで思いだしたの」
「御覧よ、あのフランス皿の上を」
「キャッ!」
 銀座生れの子鼠が彼女のフランスパンほどのおしりをキュウとはめたスカートを飛びこえて、DAMEとしるされたドアーに鼻をイヤッと云うほどぶっつけました。
「ネー、君、あの鼠にこのチョコレートの箱のリボンを結んでひっぱって歩くとチョイト、銀座風景になりますゾ」
「あんまり、鼠の話はおよしなさいよ、マダムがさっきからペルシャ猫の様な顔でにらんでいてよ」
「ソレデハここを出ましょう」
 彼女とエフェル塔のネオンをあびて、しばし銀座をあるいている内に果然、オドロキマシタ。
 彼女エロティックにも僕にしなだれかかり、キュートいだきつきました。
「コレ、はしたない、人なかですゾ、それにまだ、君と僕とは恋人関係になってオランではありませんか」
「アラ、いいじゃないの、ネー、私なんか、コーフンよッ」
 醉顔すいがんモウロウと早やしどろもどろなり。
 お菓子を食べていますか。
 アッ、いけない。彼女、コロンバンのサバリンを三つも平げたのである。
 あのお菓子にはチト、ウイスキーがはいっていましたゾ。
 皆さん、もの静かなお嬢さんには決してサバリンをすすめるべからず。

モナミ
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 お嬢様方、ここではクリームサンデイをめし上れ。それでなければスイートポテト。それに二階のフランス料理。落ちついたルイ時代調のよい部屋です。
「なにをあなたは泣いているのですか、まるで金色夜叉の様ではありませんか」
「シクシク、すみませんネ、なんでもないの、アラ、いいんですの、ハンケチなんか、ただ思い出したのよ」
「ナニヲデス」
「戦地に行っているあの人の事よ、ごめんナサイ」
「イヤ」
「あのね、此のクリームサンデイを二人で食べたの、ホーラ、一サジずつ味がちがうの、ステキダワ、一口あの方に食べさして上げたいわ」
「オーイ、ボーイサン」
「ヘーイ」
「スマンガ、クリームサンデイ五人前ほどおみやにしてくれんかい、チョト北支の方まで送ってもらいたいナ」
「お気の毒ですが駄目ですよ、いくらドライアイスでかためても、支那までは」
「だってあっちは寒い、〇下れいか三十度じゃと云う、向うへ行くとまたかたまるじゃロー」

資生堂
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 御二階に上りましょう。
 一ボックスは、だれもこない二人きりの世界になります。
 階下を見るとヨセミテの渓谷の様に美しい。ほのかに、ウビガン、コティーの香水のかおりがたちのぼってくるのです。
 チョット、バラの一枝をなげたくなりますね。ドン・ホセも現れないのに、でもここのボーイさんは、それ以上に美男でおわします。あだな姐さん方も、山の手のマダムも、浮気なお嬢様方も、青くあごのそりあたった、キュート、カラをくびにスマートなボーイさんにコーヒをこぼしたり、シュークリームを落としたり気を取りみだすのでアール。
「アラー、ハーさん、おひさしぶりね、オヤ、これは失礼、奥様でいらっしゃる、いつも、おせわになる、新橋の君代と云うんですの、ゴメンアソバセ」
「イヤ、オイオイ、コリャア」
「コリャアじゃないわ、今度御約束をふいにすると、ひどいわよ」
 彼女の去った後からは、すっかりオフクレあそばされた若奥様。
「マアー、あんたは、あんな方と、イイワヨイイワヨ」
 気の毒なのはお皿の上のショートケーキである。無残、彼女のフォークでズタズタにされちまいました。

富士アイス
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 お友達との御約束は、ここが一番ですね。
 鐘がなる---。
 服部の大時計か、はたまた、教会の鐘でしょうか、待ち人来たらず。
 彼女が来ると云って来ないのは、まるで熱病におかされた様です。
 気を落ちつけて落ちつけて、サッキ、キドニーを平らげたせいか、精力絶倫、あたりをはらうばかりなり。
 二階なる、教文館より聞える、聖なる賛美歌。
「なんじ女に迷う事なかれ、救われざる仔羊よ」
 折しも太陽の輝きの如く、偉大なる富士アイスのガラス窓に影さす彼女の姿、光なり、希望なり、オー、彼女よ。
 皆様、このガラス、聖なる硝子と云う。

トリコロール
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 田舎なる、オジイちゃま、おばあ様が上京なされたら、ここへつれてこられるがよかろう。
「オじい様、ほうらあすこにいるのが、かの恐るべき、モダンガールです。ヨーク御覧あそばせ」
 なるほど女だらけです、どこを見ても。
 バッタバタバッタバタ。
 うるさい、なんです。ここのお店は大掃除なんですか。何たる音です。
「モシモシ、お客様、お怒りめさるな、アレは日劇のレビューガールですよ」
「ナルホド、あの音はタップの音であるか、それにしろここまで来てほこりをたてんでも」
「ですがモー足が自然に動くのでしょうな」
 幕間のお休みにドーラン化粧も落とさず黒眼鏡の踊り子さん達、タバコをふかし、パリーのシャンゼリゼー気取りである。
「ハロー、ミス、レヴュちゃん、今晩おつきあいいたしませんか」

ジャーマンベーカリー
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 朝、八時三十分に行っても、コーヒーの香りがしています。
 西洋人とアベックで、いつも一ぱい。僕はここのBAUMKUCHENが大すきです。
 チヨちゃん、ヨッちゃん、アキちゃんの三人の少女がいそいそと活躍しておる。
「アノ、此のチョコレート箱にしてちょうだい」
「おいくらほど」
「あの、五百円ばかり」
 僕は耳をうたがいました。五十円じゃありませんよ皆さん、出来上がった箱は大きいかと思ったら、これまた小さいではありませんか。
「ネー、キミキミ、一体チョコレートは一ポンドいくらだい」
「あの戦争で四十銭上って、二円四十銭よ」とすまして行ってしまった。
 ここのマスターのウィリ・ミコーラーおじさんは獨逸の捕虜で、日本で大成功をしたのです。日獨防共なんて、張り切っておる。
「モー一つ、コーヒーいかが」
「オイオイ、僕は今日は朝からお茶ばっかりのんで歩いておる。モーお腹がハレツしてしまうかも知れん。アー、こんな事でしたら、玉錦関でも一しょであればよかったワイ」


<旧字体、旧仮名遣いについて>
旧字体及び旧仮名遣いは、新字体に改めました。また、現在一般的に読みづらいと思われる漢字についても、ひらがな及びカタカナに改めるか(伯林→ベルリンなど)、ふりがなをかけています。
ただし送りがなは、現在一般的に使われているものとは違いがありますが当時のままに記載しています(暮らし→暮し、上がり→上りなど)。

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