マイナス・ゼロ

2018.03.10

 広瀬正という作家に出会ったのは、阪急宝塚駅にある本屋ブックファースト宝塚店。
 この本屋、むかし仕事の出張先にあったのでよく利用していたのだが、面積はそう広くないのに品揃えが良く、出張のたびに立ち寄るのが楽しみだった。平積みしてある文庫本があれもこれも「読んでくれ」と主張してくるようで、腕の中にどんどん本が重なっていく珍しい店。
 私は、一度好きと決めた本を何度でも面白く読めるというタイプなので、多読とは程遠く、本屋で初めて見る作家の本を手に取るということは皆無に等しい。新しい作家を読み始めるときは、なにかきっかけがあって…例えば好きな作家が面白いと書いていたとか、好きな作家と同じ系列とされているからとか(第三の新人とかですね)、書評を読んで興味をひかれたとか、そういうことが多いのだが、もっとも子供の頃は学校の図書館で、もっと自由に直感で本を選んで、手当たり次第に読んでいた。そういう子供に戻ったような選び方をさせてくれる本屋は、貴重で、なかなか出会えるものではない。
(つい2年ほど前、久々に立ち寄る機会があり相当楽しみにしていったのだが、品揃えが凡庸になってしまった気がして残念だった。売り場の担当の方が変わったのかもしれない)

 広瀬正は、若くして亡くなったのと、専業作家ではなかったせいで、作品はとても少なく、集英社文庫があたらしく文庫化してくれなければ、本屋に平積みされることもなく、私も一生読まなかったかもしれない。
 ジャンルはSFなのだが、星新一が解説で書いた”ノスタルジアの作家”、なんといっても、これほど的確かつ端的にこの作家を表現した言葉はないだろう。(これがどういう意味なのかは、どの作品でも良いから読めば分かります)

 
「マイナス・ゼロ」はタイムトラベル小説の傑作だと言われているが、私はSFに明るくないので、その方面の解説は専門家に任せるとして、これが彼の小説のなかで、いちばん読みごたえがある作品であることは間違いない。彼の持ち味である”ノスタルジアとSFの融合”の集大成と言って良いと思う。
 ひとつ残念なのは、ヒロインの伊沢啓子をどうにも好きになれないことくらい。でもこれは彼女だけの責任ではなく、中盤に出てくるもう一人のヒロインのレイ子が、ものすごく魅力的なキャラクターなので、ついつい伊沢啓子が霞んで見えてしまうせいでもある。好奇心旺盛で推理好き、頭の回転が早いレイ子は、たった60ページほどの登場にもかかわらず、主人公の俊夫の強力な助っ人となり、読者に強力な印象を残す。
 物語は、俊夫と伊沢啓子のラブストーリーがタイムトラベルの一つの仕掛けとなっているので、レイ子は途中で退場せざるを得ない運命なのだが、私が俊夫だったら、絶対に伊沢啓子なんかよりレイ子を選ぶのになぁと妙な感情移入をしてしまうほど、魅力ある美人探偵なのです。もっとも、伊沢啓子は設定上、レイ子がいくら魅力的だからといって、ハイそうですかと退けない立場なのは十分に分かるのだが。制約のないレイ子が、自由にのびのびとして見えるのは、仕方ないことなのかもしれない。
 でも、それなら無理にラブストーリー仕立てにしなくとも、伊沢啓子のポジションはなんなら彼女の父親とか、友人なんかでも良いわけで、それで十分面白い小説になったんじゃないかなぁ。ヒロインは中盤以降に登場するレイちゃんで十分だったんじゃないかなぁと、そんな風にも思えてくる。

 と、脱線してしまいましたが、広瀬正を読んだことがない人は、この「マイナス・ゼロ」ぜひご一読ください。
この他には「エロス」も心に残る作品です。