最近できた新しい趣味が、戦前の日本映画を観ることです。
とくに現代劇は、当時の風俗がわかってとても興味深いのです。好きな監督や俳優もできてきて、どんどん深みにはまっています。

松竹の現代ものが好きです。
好きな俳優は、松竹三羽烏(上原謙、佐野周二、佐分利信)、徳大寺伸、高峰三枝子、桑野通子。最近は河村黎吉も気になる存在です。
好きな監督は、だんぜん清水宏監督、島津保次郎監督です。
まだまだ知らない人もたくさんいるので、これからも増えるかも。

清水宏監督(松竹)
港の日本娘  1933年(昭和8年)
有りがたうさん  1936年(昭和11年)
按摩と女  1938年(昭和13年)

島津保次郎監督(松竹)
私の兄さん  1934年(昭和9年)
男性対女性  1936年(昭和11年)
婚約三羽烏  1937年(昭和12年)

成瀬巳喜男監督(P.C.L)
雪崩  1937年(昭和12年)

そのほか
映画の中のクラブ化粧品
支那そば
映画俳優たちの座談会(1936年)
たばこのゆめ 清水宏(1937年)

桑野通子メモ
サイレントの終わり、トーキーの幕開け…
日本映画の大きな転換期ともいえる1930年代、桑野通子というひとりの女優がいました。
日本人離れしたスタイルと、サラリと現代的な顔立ちを武器に、松竹の看板女優のひとりとして第一線で活躍しましたが、終戦間もない1946年、病気で帰らぬ人となりました。生きていれば、戦後の映画界でもその姿を多く見られたことでしょう。死後70年が経った今でも彼女の人気は衰えず、新しいファンか増え続けているようです。(私もその一人)

この「桑野通子メモ」は、戦前の映画雑誌に掲載された彼女の記事を起こしていくコーナーです。
ファンは、スターのどんな小さなことでも新しく知ることは嬉しいものです。彼女は若くして亡くなったため、映画の中以外でその姿を見つけるには、戦前の資料をあたるしかありません。年々難しくなっていくでしょう。
この記録が、現代のミッチーファンへ、ささやかな情報提供の場となれば嬉しく思います。

#1 桑野通子に訊く −彼女の過去と現在に就いて-
#2 彼と彼女と少年達
#3 桑野通子 スター・一瞥抄・2
#4 あたしの靴